ほんの気まぐれだった。

「何やってんだ、女でもあるめーし」

銀時は高杉の言葉にムッと振り返ると枝を折りかけた手を止めた。

「俺のじゃねェ!ヤ、ヤローの癖にやたら何でもかんでも可愛いとか抜かす馬鹿にやんだよ」

二人の共通の幼馴染しか浮かばない。
黒く長い髪を高く結った、そう、黙っていればまるで希に見る美少女だ。
幼い2人がふと錯覚し、ドキリとすることも少なくはなかった。

「やめとけ、前も先生に貰ったのを腐るまで生けて枯れただのと泣いてたじゃねェか」

高杉は鼻白んだ様子で先に立ち去った。
銀時もその場を一旦後にすると、何やら手に抱え再び戻ってきた。

「おお、なんだこの花木は!?」
「…やる」

一生懸命掘り起こし鉢に植たその花を、銀時はぶっきらぼうに桂に押し付けた。

「ありがとう、銀時」

その花のような笑みを、3つの瞳が刻んでいた。
いざという時煌く両眼、閉じられた隻眼。


「銀ちゃん、どこで盗ってきたアル」
「なんか『とる』の発音と言うかニュアンスが違うんですけど」
「ヘドロさんの所じゃないでしょうね」
「そんな命知らずの真似しねーよ!!」

神楽と新八に突っ込まれ拗ねてみたが、確かにらしくねェ。
しかも、20年ぶりぐらいの気まぐれでヤツに渡そうなんざ。
あの時と同じ花だった。
今は皮肉にも開国のせいかあちらでもこちらでも出回っているようだが、どこからか種が落ちて自生したらしい。
問題は…どう渡すかだ。
わざわざ持っていくのも目立つ。
来た時に押し付けるのが一番だが、こいつらが居れば確実に理由を聞かれる。
しかも何つーか、可憐とか形容されちまいそうなヤツだ。
男に嫌がらせに毒々しいモンを送りつけると誤魔化すにはハードルが高い。
訳なんざなかった。
いや、惚れるのに理由が有んなら、惚れてるから…だろう。
それにしても、遅ェ。
いつも用もないのにフラフラやって来んのによ。

「お?」

現れたのは例のいつもヅラが連れているヘンテコな化物、いや、今回は依頼主様のようだ。


「どうしたでござる」

今最も集中しなければならない一世一代の大博打だと言うのに、出掛けに何故かまた子に元気がないのが気に懸り、万斉は声を掛けた。

「晋助様、花はお嫌いなんスね…」

そうだっただろうか?
屋形船で桜や菖蒲、曼珠沙華など四季折々の花を眺めていたようだが。
‥どこか眼前の花を愛でていると言うより閉じた瞼の裏の景色を懐かしんでいるといった風ではあったが。
また子は高杉へと思い手折った花をそっと花瓶に挿した。

船の手すりに腰掛け煙管を吹かすと、煙の向こうに少女のようにあどけない子供が駆けていた。
その隣に憮然としながらも付いて歩く少年。
あの頃世界で俺たちは2人きりだった。
高杉は来島から花を差し出されたが、手を出さなかった。
受け取ってやればいいものを。
消し去った筈のガキ臭い感傷が胸を過る。
俺も枯れてしまうモンは嫌いだ。
だが、奴と、ヅラと違っていたのは‥俺は…。
ある種の気配に思考を途切らせ其方を見やると、一束の見慣れた髪が置かれていた。


何やってんだコイツ等?
銀時は突如エリザベスが独りで万事屋を訪れた訳を知ることとなった。
ヅラが…、アイツが殺られる筈がねェ。
なのに、頭ん中がグッチャグチャで。
大切に慈しんだ花を、ツレを、踏みにじられたようで─。


俺は…。
高杉は憤怒の貌で似蔵に一太刀浴びせると、激情とともに鞘に収めた。
春雨に差し出すはずだった首だ。
俺は……。

もう見ることのない筈の男が短髪のままそこにいた。
例え紅桜相手でもコイツが殺られる筈がなかった。
未だ俺の思考を、いや、『俺たち』の思考を狂わせる。
一見たおやかなのに、凛として決して折れない花。
自らが陽と信じる方に向いて伸び、決して他へは靡かない。
閉じ込めれば誰かのものになる、そんな甘っちょろいモンじゃねェ。
それならばいっそ。
散らしてしまえばいい───。


全く、何てツラしてやがんだ。
自分の姿を見、言えた義理じゃねェがと銀時は思った。
安堵に出てきたのは俺たちらしい揶揄の言葉。
背中を合わせると確かにヅラの温もりがした。
何の躊躇もなく船から飛び降りる。
どんな仕掛けを用意していた何か知らねーが、信頼ってモンで繋がっていた。
花弁のように広がるパラシュートが青い空に吸い込まれる。


高杉は何故か笑っていた。
桂は舞い散る花の様に降下していった。
鮮やかに。
簡単に摘めるようじゃアイツじゃねェ。
先生を失って以来どんな花にも湧かなかった思い。
綺麗だと思った。
やがて小さくなり、見えなくなるまで目で追うと、千切りとった薄紫の花を投げた。


握り締めた教本。
寂しそうな横顔。
こいつは誰を見つめているんだろう。

「オイ…やる」

変わらず銀時にぶっきらぼうに差し出されたライラックに、桂は嬉しそうに微笑んだ。


ライラック…6月26日の誕生花。花言葉は『愛の芽生え』『愛の最初の感情』『若き日の思い出』『愛の始まり』


(完)
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