葉月に入ると毎年奴が来た。
必ず『その日』には現れないのだが、必ず何かを置いて行った。
川辺でぶらりと月を愛でていた高杉が船室へ戻ると人の気配が有った。
隠すこともなくぼやりと灯が漏れる。
ここまで入り込める人物など知れているのだからさして驚きもしなかったが、アイツの匂いがした。
口が笑いに歪む。

「よう、─ヅラ」

振り返る整った青白い貌が暖色の光を帯びその輪郭を艶やかに引き立たせ、覚えず喉が鳴った。

「逢引にでも来たか?」

睨みはしなかった。
一応祝いに来ているらしい。

「呑むか」

杯を差し出すと殊勝にも大人しくコクリと頷く。
いつもこうなら可愛気も有るのだが。
手に取る寸前に含むと口を伝わせ流し込んだ。

「何をするっ!?」
「祝杯だろ」

語気は荒いが怒りを表すだけでなく頬が赤く染まった。
面映ゆそうに背けられる桂の顔を高杉が捕らえ、再び柔らかな唇をくちゅりと啄む。
指と指のように舌を絡ませ喉を潤す。
久し振りの長く滑らかな髪を梳くと、熱の籠った吐息が耳朶を擽った。
抱きしめたまま後ろへ倒そうとすると無粋にも胸に手を突きそれをとどめる。

「これを持って来た」

清廉を好む桂らしい純白の花。
高杉はじっとそれを眺めた。

「花は好きではなかったか」

花鳥風月、この男は風雅を好んだはずだ。

「似合わねェ」

赤い曼珠沙華。
高杉はこれと形の似た鉄臭い血を思わせる緋色の花を自らのようだと例えた。
その花言葉すら含めてだろうか。

「お前の欲しい花ではない、俺の贈りたい花だ」

独り散って欲しくはない。
その色を塗り替えるよう浜木綿を手渡した。
あなたを信じますの思いを込めて。
残された瞳が、一瞬子供の頃のように細められた気がした。
高杉は咲き誇るその中の一輪を短く手折ると桂の鬢に挿した。
品が有るが蠱惑的な甘い香りを夜気と共に飲み干すと固く抱き合い、同じ角度から月を眺めた。

(完)
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