夏の夕暮、かぶき町にネオンが灯る頃、スナックお頭裸の入口に、ひっそりと咲く夜顔の花。
「やっと咲いたなァ…」
高杉は、その花を一輪手折ると 、暖簾を掛けていたズラ子の肩口で緩く束ねた髪の結い紐に挟んだ。
白地に秋草をあしらった絽の着物に、その花は、よく似合っていた。
「おい、晋助、断りもせず花を手折るとは何事だ!」
「断るも何も、この花を育てたのは、俺だぜ」
「貴様の仕業だったのか。いつの間にか生えていて、蔓を絡ませていたので、不思議に思っていたのだ。意外とマメなのだな」
「ククク……、万事屋晋ちゃんは、結構マメだぜ。ズラ子限定でなぁ」
ふわりと漂う芳香。
蔓を絡ませ、黄昏時から夜の間だけ咲く大輪の白い花。
花言葉は妖艶。
夜の華として咲き誇るズラ子に似合いだと思ったのだ。
「ああ、よく似合ってる」
頤を引き寄せ、そっと花弁に唇を寄せる。
「こら、晋助、離せっ!これから仕事だ!」
「では、呑ませてもらう」
「勝手にしろ!」
すげなくあしらいながらも、高杉がカウンターに座ると、ズラ子は嬉しそうな表情を見せた。
(髪に飾った夜顔が萎んでしまう前に、自分の腕の中で、艶やかに咲かせてみたい)
秘かに願いながら、高杉は、麗人から注がれた冷酒を舐めた。
* * *
最後の客を見送り、暖簾を仕舞う。
花の香が、夜風に揺蕩う。
二階の自室に引き揚げると、
「よぉ、飲み直してるぜ、お姫様」
「姫じゃない、ズラ子だ」
隣の部屋に居候して万事屋を開いている高杉が、ひとり、盃を傾けていた。
高杉とズラ子は、幼馴染の間柄。
先に上京して店を開いていたズラ子の所に、晋助が転がり込んできて万事屋を開業した次第だ。
開放された窓から垣間見える、大輪の白い花と絡まる蔓。
「下の夜顔、二階まで伸びていたのか」
「ああ、活きがいいこって。だが、こっちの花も、まだ、綺麗だ」
黒髪に艶やかに映える夜顔に、再び口付ける。
そのまま引き寄せられるように、濡れた唇に吸い付き、舌を絡めた。
くちゅり。
密やかに響く水音。
「続き、しようぜ」
今度は否定の言葉はなく、するりと、細くしなやかな手足が絡みつく。
妖しい香が、脳内を侵食する。
ふたりとも、夜に蔓延る生き物だ。
闇に咲く妖艶な華から滴る蜜を舐める蝶のよう。
貪り合い、揺れ合いながら、快楽に溶けて行った。
(了)
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